現象学とは何か-フッサール|意味をわかりやすく徹底解説

現象学とは何か-フッサール|意味をわかりやすく徹底解説

現象学とは何か

 現象学とは、エトムント・フッサールが創始した哲学の一形態のことである。20世紀前半から大きな影響力を持ち、現在でも現象学者と呼ばれる人(ex. ダン・ザハヴィ)は存在する。その歴史は、現象学運動と呼ばれている。

 しかしながら、現象学は多様性を含んでおり、こうすれば現象学というようなものが存在しない。さらに現象学という名前も混乱させる。社会学なら「社会についての学」だし、心理学なら「心理について学」ということで、ある程度内容の予想がつく。しかし現象学は「現象について学」なのか言われると、よくわからない。そもそも問題なのは、現象という言葉自体が曖昧だということで、現象学者自体がその概念を哲学的に定義し直していたりする。

 人によっても大分異なる印象を受ける。果たしてフッサールの現象学とメルロ=ポンティの現象学は現象学だと言えるのだろうか。あるいはレヴィナスの現象学はどうだろうか。後者二人の哲学には超越論的主観性だとか、ノエシスとノエマとヒュレーの分析だとかはでてこない。逆にフッサールには身体図式とかはでてこないし、もちろん家とか愛とかも出てこない。だから、フッサール現象学、メルロ=ポンティ現象学と呼ばれたりもする。各々違うことをやっているわけだ。しかし、もちろん相互に何かしらの緩やかな結びつきはある。それでは、現象学とはいったい何なのだろうか、探ってみることにしよう。

フッサールと現象学

 創始者フッサールは何と言っているか。実はフッサールは、イギリスの百科事典『ブリタニカ』の第14版の「現象学」という項目を執筆している。事典の項目なのだからまさに「現象学入門」といった感じである。しかし重要なのは、実際に掲載された文よりもその草稿である。『ブリタニカ』に掲載された内容は英訳(原文はドイツ語)であり、フッサールの原稿の大幅な字数オーバーにより、かなり縮小された形で掲載されたのである。訳の評判も良くないらしい。しかしその草稿が残されており、それが「ブリタニカ草稿」と呼ばれるものだ。こちらがある意味で完全版である。これ以上簡潔に、現象学とは何かについてまとめている文章もないだろう。詳しく知りたい人は翻訳も出版されているのでぜひ見てもらいたい。

 さてフッサールは冒頭で次のように言っている。

「現象学」とは〔19世紀から20世紀への〕世紀の転換期に哲学において出現してきた新たな種類の記述的方法のことであり、かつまた、この方法から生じてくるアプリオリな学問のことである。この学問が使命とするのは、厳密に学問的な哲学のための原理的な機関(オルガノン)を提供することであり、また、この学問が一貫して繰り広げられていくなかで、諸学問すべての方法的改革を可能にすることである。

エトムント・フッサール『ブリタニカ草稿』谷徹訳、ちくま学芸文庫、2004年、7頁。

 注目すべきポイントはこの二つ、記述的方法&アプリオリな学問という箇所と諸学問すべての方法的改革という箇所である。ここにフッサールの現象学に対する考え方が明確に記されている。

現象学は直観を軸にした学問である

 記述ということで何を意味するだろうか。記述はややもすると普通の概念として見過ごされてしまいそうだが、現象学にとっては重要な概念である。フッサールは「現象学は記述的心理学である」(『論理学研究(初版)』)と言っている。メルロ=ポンティ『知覚の現象学』序文では「記述することが問題であって、説明したり分析したりすることが問題なのではない」と述べている。それぐらい「記述」という言葉には深い意味が込められているのである。ではどのような意味なのか。

それは、計測したりデータを活用したりすることが重要なのではなくて、意識に直接経験されていることを直観することが重要だ、というようなことだ。

 例えば「精神物理学」における例を見てみよう。フェヒナーの実験だ。10キログラムの重さのものを持つ場合と11キログラムの重さのものを持つ場合では、重さの違いを感じられない。それが1キロと2キロの違いだと重さの違いを感じられる。この実験からは、物理的な重さ(刺激)と心理的な感覚に関するある法則が見出される(フェヒナーの法則)。この方法も意識の性質のなにがしかを露わにしている。しかし記述とはこのような方法ではない。記述とは、直接経験されているものを直観することだ。この例で説明すると、10キログラムと11キログラムが物理的な重さとして異なっているが、それは記述において全く問題にならない。もし仮に実験者が異なった重さであることを知らず、なおかつ同じ重さであると感じたなら、それは同じ重さとして経験したのだ。これが直接経験したということである。さらにいえば、そのキログラム数もほとんど関係がない。その重さを経験してはいないからだ(もちろん絶対音感みたいなものが備わっていて、重さを的確に当てられる人なら話は別だが)。まず感じるのは重たいなあとか少し軽いか?といったようなことである。

 そうやって直接経験されている体験に目を向けて描くというのが記述という方法である。しかしなんでそんなことに目を向けるのだろうか。それは、そのような直接経験、言い換えれば主観的な経験こそ根源的だと考えたからである。

 もうひとつ「アプリオリな学問」というはどういうことだろうか。これが意味するところは、記述の中でも現象学は本質を記述する学問だということだ。本質のことをフッサールは形相と呼んだりするが、記述的心理学という言葉同様に、本質を記述するというのも発想自体はブレンターノに由来する。しかし、実は『論理学研究』第一版にあった「現象学は記述心理学である」という言葉は、第二版では削除されている。記述も心理学的ではいけない。また形相的な記述だけでもまだ足りない。必要なのは現象学的な記述なのだ。それでは現象学記述とはどのようなものだろうか。

現象学は諸学問の基礎づけをする学問である

 現象学的記述は、そのあとの「諸学問全ての方法的改革」につながっていく。現象学の二つ目のポイントはそれが「諸学問の全ての方法的改革」、すなわち諸学問の基礎を打ち立てるような学問だということである。記述を施しただけではいけない。それが諸学の基礎になるような記述でなくてはならない。しかしブレンターノのような心理学的記述では、まだ諸学の基礎を打ち立てられない。ブレンターノの記述はまだ、自然科学的な先入見が混じり込んでいる。それを超えて諸学の基礎になるということは、それはフッサールからすれば心理学的なものが超越論的なものになるということである。説明したりするのでもなく、かといって心理学的記述でもいけない。では現象学に移行するために何が必要だろうか。

 それが現象学的還元である。あらゆる素朴な信念をエポケーし、現象学的領野で本質を直観することで真に現象学を遂行することが可能となる。この方向性を明確に打ち出したのが、『イデーンI』という著作である。『イデーンI』では、その現象学的領野は、超越論的主観性の領野へと発展している。徹底的に主体の内部に潜ることによって、主体の外部が消える。外部がなければ全ては主観性の内部の外部になるのだから、この主観性の領野はその他の基礎づけとなるという意味で超越論的である。このようにして、フッサールは現象学を明確に打ち出すことができたのである。

 つまり現象学とは、フッサール的に言えば、記述という方法に従って、諸学問全体を基礎づけるような学問を打ち立てることである。この説明からもわかるように、現象という言葉にあまり注意を払わないほうが良い。現象というと、現れているものをイメージしてしまうが、現象学にとって、表層で見ているものよりも裏で隠れているものが重要であり、それこそ現象だからだ。それが先鋭化し、後に「現れざるものの現象学」なんていう言葉も登場する。そこまでいくとまた別の話になってしまうが、とにかくフッサールは現象学ということで、諸学の基礎づけを行う学問分野を形成したのである。

現象学運動史における現象学

現象学とは何か。フッサールの最初期の著作から半世紀も経ってなおこんな問いを発せねばならぬとは、いかにも奇妙なことに思えるかもしれない。それにもかかわらず、この問いはまだまだ解決からはほど遠いのだ。

M・メルロ=ポンティ『知覚の現象学』

現象学は、圧倒的にフッサールからの異端の歴史である。

Paul Ricœur, Sur la phénoménologie, in: Esprit 21, 1953, p. 836.

 現象学の歴史を見ていくと、後に現象学者と呼ばれた人の中で、フッサールに対する正統信仰を持っていた人は皆無である。フッサールに従って、本質直観によって、フッサールが手をつけられなかった志向性の領野を解明しようとした人はいなかったのである。もちろんフッサールの用語を使うこともあったが、フッサール現象学を基礎において、フッサールが開拓していなかった領野を開拓しようとした人はいない。皆、フッサールをのである。だからこそ、ハイデガーは『存在と時間』で、メルロ=ポンティは『知覚の現象学』でそれぞれ「現象学」の再定義を試みている。

 さて、端的な違いを挙げると、彼らが現象学に実存(実存主義)という問題系を持ち込んだことである。フッサールの超越論的現象学に対して、リクールはそれを実存的現象学と呼んでいる。ハイデガーの『存在と時間』における実存論的分析然り、サルトルの「実存は本質に先立つ」然りである。

 「現象学運動史におけるサルトル」でも書いたように、そのあとの現象学はフッサール現象学とは全く異なる。つまりフッサールからしたら、あまりに奇妙な形で発展してしまったのである(そもそもフッサールに「私と君が現象学だ」と言わしめたハイデガーでさえ早々と離反する)。しかしながら、フッサールの現象学を土台にしていなくても、それでも現象学だと名乗る人もいる。彼らは何らかの形で、それまでの現象学を発展させようと努めたものである。現象学は、その意味では、これが現象学だと称すれば現象学になる。

 現象学運動の方向性としては、フッサールでいうところの志向的構成〔Konstitution〕や意味付与〔Sinngebung〕へ至るより前の受動的な意味を記述しようと努めた。これこそ現象学的な基礎となると考えられたからである。メルロ=ポンティはそこに自然発生的な意味を発見した(『知覚の現象学』)。そしてリクールはシンボルの中にある意味の過剰を(『悪のシンボリズム』)、アンリは志向性に先立つ情動性を(『現出の本質』)、レヴィナスは意味の源泉としての顔を記述した(『全体性と無限』)。しかしその領野においては、志向性の領野よりもすべてが曖昧であり、現象は動的なものとなる。必然的に現象学の本の文章も詩的な文章となってくる。フッサールを一読して理解するのは難しいが、メルロ=ポンティ『見えるものと見えないもの』やレヴィナス『存在するとは別の仕方で』はそれとは別の意味でさらに理解するのが難しい。さて、それでは現象学運動全体も考慮に入れれば、現象学とは何か、という問いの答えとして何が残されているだろうか。

結論:基礎を考えるときに主体を軸に考える

 現象学がフッサールからの異端の歴史だといっても、それでも現象学には共通のスタイルが見いだせる。ポイントは主体である。

 現象学では主体を軸に考える。だから現象学は一人称的パースペクティズムを持つと言われることもある。現象学は俯瞰的な、上空飛行的な視座をとらない。徹底的に主体の内部へと潜る。内部に潜ることで外部が発見されることがあるにせよ、そしてその外部こそが重要だったとしても、である。

 ベルンハルト・ヴァルデンフェルス著『フランスの現象学』の最終章は「7.消尽した人間」というタイトルである。この人間というのがキーワードだ。「消尽した人間」というのは、現象学以後の哲学の傾向性(構造主義、ポスト構造主義)を指している。逆に言えば、現象学はある種の人間中心主義だということである(もちろん単純な人間中心主義ではない)。超越論的現象学にせよ実存的現象学にせよ主体(人間)の意識、身体、世界、他者が根源的に遡る形で問われていく。超越論的主観性、現存在はもちろん、間主観性や間身体性もそうだし、レヴィナスが思索したのも主体ありきでの他者である(「他者に対する私の責任:レヴィナスの哲学について」参照)。大事なのは主体である。記述は捨てない。主体が単なる形相には還元されないとしても、主体に外部が見出されようとも、それでも主体を軸に哲学(合理性)を打ち立てようとする。そこに現象学というものの何がしかの固有性がある。主体を軸に哲学をすること、これが現象学のスタイルである。

なぜ「現象学」という名前なのか

 哲学の歴史においてはフッサール以前に「現象学」と名のついた著作がある。ヘーゲルの『精神現象学』である。他にもあるだろうがこれが一番有名であろう。ということは、これが「現象学」という名の起源なのだろうか。しかし、少しばかりフッサールを学ぶと分かってくるのは、フッサールはほとんどヘーゲルの著作を読んだことがないという事実である。少なくとも研究などしたことがない。しかも「ドイツ観念論のすべてが私にはいつも糞食らえという感じだった」という言葉まで残しているほどである。フッサールはもともと数学の研究者であり、そのあとブレンターノに出会い、心理学的なものの知見を深める。つまり、ドイツ観念論が出発点ではないのである。

 これまで「現象学」という言葉の起源に関して様々なことが考えられてきた。自分はやはり谷徹の説が最も筋が通っていて納得のいく解釈であると思うので、今回はそれをご紹介しよう。『これが現象学だ』では簡潔に、より詳しくは『意識と自然』にその研究の成果が披露されている。詳しくはそれらの著作を読んでもらいたい。

 まず重要なことを一つ押さえておこう。当時現象学という言葉を使っていたのはフッサールだけではないということだ。エルンスト・マッハの「物理学的現象学」、プフェンダーの『意志の現象学』(1900年)、カール・シュトゥンプフ(フッサールと同じくブレンターノの弟子)の「現象学」など、現象学は広範にわたって、フッサールが現象学を提唱する以前から使用されていたのである。

 そこで谷によって提唱されるのが「現象学」の一般名詞説である。つまり、フッサールの周り、当時のウィーンの知的雰囲気の中で「現象学」という考え方がある方向性を持った考え方として認知されていたのだ。どういう方向性かというと、ブレンターノやマッハ、ヘーリングと言った人たちの方向性であり、もう少し具体的にいうと、ある種の客観主義的な自然科学的な考え方に抵抗する考えを持った人達の方向性である。彼らは自然科学的なものを基礎にすえる考え方に真っ向から反対し、新たな基礎を提唱する(例えばマッハ『感覚の分析のために』)。この方向性にフッサールも乗っかっていた。そこでフッサールも自らの学問を現象学と呼ぶことにしたのである。もちろん現象学というのはそういった漠然とした概念であり、新たな基礎づけのための明確な方法があるわけでなかった。そこで、フッサールは基礎づけのための方法を徹底的に考えていくことになるのである。

 ここからもあまり「現象学」という言葉に囚われてはいけないということが言えると思う。現象を扱う学問だから「現象学」と名付けたわけではないのである。ある意味で、こんなに適当な言葉も珍しいといえば珍しいといえるだろう。

補足:現象学者と呼ばれる人たち

 最初に現象学者は今でも存在すると書いたが、現象学はフッサール以来それぐらい歴史のある運動である。そして現象学も、フェミニズム運動と同じように、「・・・世代の現象学者」という区分で括られることがある。一般には第三世代までで、今活躍しているダン・ザハヴィなどは第四世代ということになろう。

 ここで言われる現象学者というのは、現象学を経由して哲学を打ち立てた人、ぐらいに意味を広義にとってもらいたい。例えばデリダは現象学者とは呼ばれてないし彼自身も認めないだろうが、キャリアフッサール現象学の批判的読解からスタートさせた、現象学由来の哲学者である。

第一世代

エトムント・フッサール:言わずとしれた現象学の創始者。

マルティン・ハイデガー:存在論者で有名だが、もともとフッサールの一番弟子。初期の頃には『現象学の根本問題』や『カント『純粋理性批判』の現象学的解釈』など現象学関係の講義がある。

第二世代

オイゲン・フィンク:フッサールの弟子。フッサール と共同執筆した『第六省察』で有名。

ルートヴィヒ・ラントグレーベ:フッサールの弟子。フッサールの『経験と判断』を編集。

ヤン・パトチカ:フッサールの弟子。「非主観的現象学」(「フッサール現象学の主観主義と〈非主観的〉現象学の可能性」『現象学の展望』)を提唱。

ローマン・インガルデン:フッサールの弟子。

ジャン=ポール・サルトル:実存主義者といわれるが、初期はフッサールの「空想」概念の研究を行なっていた。33年にドイツから帰国したばかりのレーモン・アロンを囲んで、モンパルナスのカフェであんずのカクテルを前にしたときの逸話

アロンは自分のコップを指して、

「ほらね、君が現象学者だったらこのカクテルについて語れるんだよ、そしてそれは哲学なんだ!」

サルトルは感動で青ざめた。ほとんど青ざめた、といってよい。

ボーヴォワール『女ざかり』

が、サルトルと現象学との出会いだとされている。

モーリス・メルロ=ポンティ:著書に『知覚の現象学』などがある。1939年の『国際哲学雑誌』(Revue internationale de philosophie)のフッサール 特集号(1月)で後期フッサールの思想を知って以来、フッサールに傾倒する。同年の春にはフッサール・アーカイブを訪れる。

エマニュエル・レヴィナス:フッサール『デカルト的省察』をフランス語に翻訳。また彼の博論『フッサール現象学における直観理論』(1931年)はフランスでの最初のフッサール研究書である。

ジャック・デリダ:53−54年に書かれた『フッサール哲学における発生の問題』でフッサール現象学を批判。またフッサールの遺稿『幾何学の起源』の仏訳と長大な序文を載せた著作もある。『声と現象』(1967年)もフッサール論である。

ポール・リクール:『イデーンI』をフランス語に翻訳。

ジャン=トゥサン・ドゥサンティ

第三世代

ミシェル・アンリ:第二世代と第三世代の間の現象学者。彼の哲学は「生の現象学」と呼ばれる。現象学的著作に『現出の本質』や『実質的現象学』などがある。

クラウス・ヘルト:1961年ケルンのラントグレーベのもとで博士を取得。博士論文はフッサール 研究である『生き生きとした現在』。

ベルンハルト・ヴァルデンフェルス:晩年のメルロ=ポンティに師事。ドイツの哲学者で、メルロ=ポンティの翻訳なども行なっている。

ジャン=リュック・マリオン

マルク・リシール

>>本記事はこちらで紹介されています:哲学の最重要概念を一挙紹介!

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参考文献

エトムント・フッサール『ブリタニカ草稿』ちくま学芸文庫、2004年。

谷徹『意識の自然』勁草書房、1998年。

ベルンハルト・ヴァルデンフェルス『フランスの現象学』法政大学出版局、2009年。

Hans-Dieter Gondek, László Tengélyi, Neue Phänomenologie in Frankreich, Suhrkamp Verlag AG, 2011.

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